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石のつぶやき1123 戸籍の開示は、悲しい人権意識 [平成阿房伝]

ふたこと:蓮舫よ、あまりにも悲しい選択だ。これが踏み絵となっていくことをわかっての判断か?どぜう野田はなんと言ったのか。お前が幹事長に選んだかどうかは知らぬがどぜうは、そうせいといったのだろう。どぜう野田は、自民党と陰で組んでいる。一連の森友、加計で追求が緩慢なのは、裏取引があるからである。今回も時間配分に自民党は勝手なことを言い出した。ルール違反なのだ。今まで通りで予算委員会を開くなら、当たり前なのだ。それにクレームをつけてというのは、何も安倍が丁寧に説明することとは異なる次元だ。2対8でも全く足りない。時間潰しに官僚の作文を読んだり、得意とするところはノウノウと御託を並べて時間を費やした。野党の質問時間を最大に消費するかであって、 質問にまともに答える態度は一片も見られなかった。野党を馬鹿にする野次を飛ばす安倍云々総理大臣。ここまで国会を貶めた日本のトップである首相は居たであろうか?否である。そのくせ野党が当たり前の野次を飛ばせば、安倍云々はいかにも私が正しいとばかりに野次を諫めるのである。このような場面を何度見たことか、野党を徹底的に馬鹿にし、常に支持率に言及する。後はアベノミックスの自慢話。何やかんだで時間潰しだけの国会。後は当然のように強行採決。最重要法案全て強行採決だったことをしっかり記憶しておこう。  結局予算委員会は5対5、ありえない時間配分、参考人であるにしろ要求した人物は相変わらず出てこない。それでも予算委を受け入れるであろう、民進党は。この期に及んで前原の阿呆がまたしゃしゃり出てきた。お前らは自民党に行けばいいのだが、自民党では冷遇されることだけはしっかりわかっているから民進党を離れない。それに金が、いくら落ちぶれてもある程度確保されているからである。民進党の政策を原発終了、秘密保護法破棄、戦争法破棄、共謀法破棄とすれば、民進党にどれだけの数が残るのであろうか。自民党の受け皿であるならばこれが最低限の政策だろう。 蓮舫よ、お前はそれでいいかもしれんが戸籍だけは絶対開示したくない人々が居ることを考えたことはあるか?お前のこの一件で今まで長い間かかって獲得した人権がするりと抜け落ちていく。やましいことがないのなら、これは途方もない闇に迫る卑怯な謂いである。それに応えてしまった蓮舫、もう詰まらぬ落ちぶれた党であってもならぬことだった。 この「疚しいことがないのなら・・・」というこの謂いは、「一般の人に共謀罪が及ぶことがない」に通底する。つまり誰でも共謀罪の捜査の対象である、当然全ての通信の傍受、監視カメラの対象となる。  蓮舫よ、おまえが戸籍開示を最終最後にしたいというのなら、それを実にする政策を示すべきである。    こんなことが問題になることが異常なのだ。ひとりひとりの国会議員の被選挙権が選挙管理委員会で認められたのであればそれ以上でもそれ以下でもない。それだけである。日本の法律なのである。
7/17(月)17   9:30配信 産経新聞


蓮舫氏を猛批判 二重国籍解消の自民・小野田紀美氏「ルーツや差別の話なんか誰もしていない」


 民進党の蓮舫代表の「二重国籍」問題で、蓮舫氏が公的書類公開を表明しながら戸籍謄本公開に難色を示していることを受け、自民党の小野田紀美参院議員が自身のツイッターで「国籍法に違反していないことを証明できるのは、国籍の選択日が記載されている戸籍謄本のみです。ルーツや差別の話なんか誰もしていない」などと立て続けに批判した

 小野田氏自身も昨年10月、米国との「二重国籍」状態だったことが発覚し、その後手続きをとって今年5月に正式に解消した。自身のフェイスブック上で戸籍謄本や米国籍の喪失証明書を公開している

 小野田氏は、蓮舫氏が13日の記者会見で公的書類を公開すると表明したことを受け、翌14日に国籍に関するツイートを相次いで投稿した。蓮舫氏を名指しせずに「国籍法14条の義務である日本国籍の選択を行ったかどうかは戸籍謄本にしか記載されません」と紹介し、戸籍謄本を公開する必要性を説いた。

 その上で小野田氏は、蓮舫氏が個人のプライバシーを理由に「戸籍を差別主義者、排外主義者に言われて公開するようなことが絶対にあってはいけない」と発言したことを念頭に「公職選挙法および国籍法に違反しているかどうか、犯罪を犯しているかどうかの話をしています。日本人かそうでないかの話ではない。合法か違法かの話です」と断じた

 小野田氏のツイートには「なるほど! だから蓮舫さんはかたくなに戸籍謄本の公開を避けているのですね」「小野田さんが言うと説得力があるね」「テレビなどでこの件について詳しい説明をしていただけないでしょうか。都合の悪いことは報道しない自由を振りかざすマスメディア相手では困難はあるでしょうが」-など多数のコメントが寄せられている。


以下ウイキペディアから
もともと夫婦別姓だった
明治9年(1876年)3月17日の太政官指令において、他家に嫁いだ婦女の苗字は「所生ノ氏」つまり婚前の名字とされた。つまり夫婦別姓(夫婦別氏)を全国民に適用することとなった[4]。 なお、現在と同じ夫婦同氏の原則に転換したのは明治31年(1898年)に明治民法が成立してからである。


姓を名のるようになったのは明治4年から、平民農工商雑が対象
壬申戸籍では、皇族、華族、士族、卒族、地士(讃岐の郷士のみ)、旧神官、僧、尼、平民等を別個に集計した。このとき被差別部落民は賎民解放令に基づき、平民として編入されたが、一部地域の戸籍には新平民や、元穢多、元非人等と記載されたり等、差別は色濃く残った(一部は明治19年式戸籍や身分登記簿にも登載された)。なお明治5年には族称が皇族、華族、士族、平民に統合されることが決定され、明治10年頃までには卒族、地士、旧神官、僧、尼などの身分が全廃された。
その他、職業も記載様式に含まれており、華族、士族では主に禄高を、平民では農工商雑と記され、業種も記載された。


壬申戸籍(じんしんこせき)は、明治4年(1871年)の戸籍法に基づいて、翌明治5年(1872年)に編製された戸籍である。編製年の干支「壬申」から「壬申戸籍」と呼び慣わす。 ( ウイキペディア)
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